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こんな私が洗礼を受けた

遠山 久子

テキスト ボックス:  「信仰があるの?」と聞かれたら、私はなんと答えるだろう?「これからです。」と答えると思います。
今まで毎日のように神様仏様と何にでも手を合わせ自分は誰よりも信仰心のある人だと思ってきた私です。そして又、私はご先祖様に守られているとさえ感じてきました。

 そんな私が神主イエス・キリストを信じこの10月5日に洗礼を受けたのです。

 山野節子さんとの出会いが松田洋子さん、そして藤山貞子さんを知ることが出来ました。人と人とのかかわりあいの中で落ち込んでいた私が「原点に戻ってやりなおす」と言葉を発した時、貞子ちゃんが「洋子ちゃんとこきてみないか?」と声をかけてくれました。その時から松田集会に通うようになって2年が過ぎました。
 士反先生に初めてお会いした時の第一印象は「えっ、この人が牧師さん」って感じでした。
 最初のうちは話しを聞いていても何もわからず質問することも出来ませんでした。
 ただ自分の心に通づるものがあって涙がボロボロ流れおちる事がたびたびでした。
 先生の話しが聞きたい。もっと聞きたいと心が動かされて松田集会へ足を運びました。

 そんな時先生が「何でここへ来るの」と質問された時、「いい話しが聞けるから」って答えた私がいました。「いい話しだったらセミナーに行って聞けばいいんだよ」そんなやり取りが思い出されます。
 「人にはその人その人の人生があるんだ。良い悪いはないんだ。」というようなことを先生が言われた時から自分の気持ちがはっきりしてきました。
 「人は人、自分は自分なんだ。」って確信が出来ました。その事が今すごく自分を知る源になりました。

 そんなこんながありながら松田集会に通っているある時、「聖霊を受けなさい」と言う燈心を読んだ時、洗礼と聖霊を間違えて神、仏に手を合わせている私がこんな私が行ってもいいんだろうか?と、少しの間松田集会を休むようになった事がありました。先生が「どうしてこなくなったのか」とあるとき聞かれました。私は信仰がなかったから」と答えましたが、その言葉がスーと出てきたのは不思議な気持ちでした。

 聖書を読みたいという気持ちが湧き上がって来たり、聖霊のことを勉強する機会があり、その時も何もわからない私が聖霊を受けたいという気持ちが湧き上がってきました。
 聖霊という言葉を辞書で調べました。三位一体という言葉が出てくればまたその言葉を洗礼、礼式、神意と次々と辞書を引く、本当に何も知らない私でした。
 聖書を読みたいという気持ちが先か聖霊を受けたいという気持ちが先か忘れましたが、ただ湧き上がってくるものを黙っていられなくて、先生にお話しをした記憶があります。
 わきあがって来るといえばもうひとつありました。教会へ行ってみようと思ったきっかけにもなった、先生が新発田ルーテル教会での讃美歌のことをお話をしてくれた時でした。私もその場所に立ちたい、皆と一緒にその場に居たいという気持ちがわきあがってきました。そして初めて新発田ルーテル教会へ行ったのが昨年の1230日でした。

 初めての讃美歌、歌おうとしても声が出ませんでした。教会での初めての説教、涙が流れ心にジーンと来るものがありました。あっという間に礼拝も終わり、最後に先生が讃美歌の練習をしてくれます。本当にうれしく思いました。声を出すことができ、歌う事が出来ました。ほっとした気がしました。

 その日から、今日まで聖書の勉強をし、先生の説教を聴きながらこんな私でいいんだ、このままでいいんだ、「レフ・レ・ハー」の言葉に勇気づけられ自分で足で踏み出してみようと決心しました。そして又、私はこの場に導かれていることを知り先例を受けたいと思いました。
 本当に何も知らない私ですがこれからいろいろ体験しながら本当の信仰に出会って行けたらと思っています。

 先生の説教を受けとめながら苦難ものりこえられ楽しいものに感じられたら幸せです。
 こんな私ですがこれから宜しくお願い致します

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