田邉さんの証し                            燈心TOPページへ


イースターがやってきた!

新津ルーテル・キリスト教会
田邊 昌邦
 


 イースター。いつも思い出すことがある。ビクター・ツインチャー先生が奥様と一緒に作ったイースターエッグを新津教会の芝生の庭で探し回った思い出。子供たちが見つけやすい場所にいつも置かれていた。私たちが見つけて集まったときのツインチャー先生の笑顔。あの温かさを今でも覚えている。
 あのときのイースターエッグを見つけたときのほのかな喜びのにおいはどこから来たのか、と、毎年のイースターになると思い出す記憶。あのたまごを見つけたときのうれしさはどこから来るのか?見つけたたまごには、きれいな色がぬってある。青、黄色、ピンク、水色、緑・・・いろんな色が、芝生の中から、木の根元から、ソファーの中から、カーテンの中から、出てくる。私は先生の子供たちと一緒に、Here!!  Get!! と競争しながら見つけては、ツインチャー先生に見せにいった。そのときのツインチャー先生のうれしい笑顔を忘れない。今は天国にいる、ツインチャー先生。いつも私の横にいてくれるあったかい先生。
 あの子供の時感じた温かさ、見つけた喜びは、天国への入り口のにおい、キリストの香り。

 この香りはどこからくるのか。

 2000年前に神様は私たちに救い主を与えられた。
 2000年前、あの十字架で主イエスは私の罪のために血を流された。私の手で、2000年前の民衆の手と一緒に主イエスの胸に槍をつき、血を流した。
 2000年前、主イエスがあの十字架上で流された血がこの地上のすべてを洗い流して清められた。主イエスの血が今もこの地上を清めている。その清められ続けている地上に私は生かされている。この地上に二本の足で立っている。このどうしようもない私を生かしておられる。感謝。

 主イエスは言われる、自分の十字架を背負って私についてきなさい。
 ある人はこれを聞いて、自分の犯した罪の大きさに、その十字架が重くのしかかってくると思う。 私はちがう、と言う。私の背負う十字架は重くとも、主イエスが2000年前にその血で清められたこの地上を歩むとき、私の足から清められ、その重みは和らぎ、主イエスの存在を感ずる。その重みで神の恵みを感ずる。神様は、主イエスの血潮をとおして、足もとから恵みを注いでおられる。私の足元から主イエスの血潮をとおし、神様からの恵みが私の体の中に湧き上がってくる。それが私の体の中で、悔い改めに変わり、そして神様への感謝へと変わって天上への祈りを。

 イースターはだれでも子供にもどれる。子供にかえってイースターエッグを探してみよう。そこに主イエスの流された血潮を感じ、神様からの恵みと愛を感じて、悔い改め、感謝の祈りにかえよう。

 イースター、天国の入り口のにおいをかぎましょう。




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