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神の御業

高野 時雄

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 創世記1章27節に「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」と記載されております。神様は始めに天と地を創造され、光と闇、ようするに昼と夜を造られ第一日を終え、更に大空を造られ地と海を造り、草木を生えさせ、昼と夜を照らす大小の光を天の大空に置かれたのです。そして空を飛ぶ鳥や地に生きる魚、けものや家畜、這うものすべての生き物を創造され最後に人を造られ、6日に渡って行われた天地創造の業を終え、7日目に神様は休まれたのです。このように神様の天地創造は6日目の最後に人間を造るという恵みの業をもって完結したのです。ある神学者は、この人間を造る業の個所を「最後の日になさったということは、とっておきの業である」と言われ、第一日目から第五日目までの創造の業は、この最後の人間創造のための前支度であったのではないだろうかと言っています。さらに、人間を造るとき、そこには神様の意気込みがこもっており、神様の自身の良いものをすべて注ぎ込むというすばらしい意気込みで行われていると付け加えております。そして神様が造られた人間に、すべて造られた生き物を支配する権利を与えられたのです。
 神様は天地創造の業を終え、第七日目に安息なされましたが、そこには前日まで誠心誠意、全精力を傾けて行われた天地創造の業の喜びが満ちあふれており、満足感が大いにあったのです。だから31節に「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それはきわめて良かった」と記載されているほどに喜びの御業であったのです。そして神様は自ら自分にかたどって創られた人間に、神様が造られた全ての生き物を任せております。それは人間に対して深い愛と信頼がこもっていたからなのです。
 神様が始めに天と地を創造されたときに、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあった」と記載されております。この光景を今の時代に重ね合わせてみますと、神様の恵みが到来する前は、この世の中は混沌とした無秩序が私たちを支配していたのではなかったでしょうか。さらに一人ひとりに当てはめてみますと、心は暗く、自分で自分を生かす力が沸いてこなかったのではないでしょうか。そのような世の中に、また個人の弱い心のなかに神様は「光あれ」と御言葉を語りかえ、暗闇に光をお与えになられたのです。
 この光は、私たちの人生を照らす光であり、心の混沌に秩序を与える光なのです。私たちはたしかに今、好きなものは何でも手に入るし、すべての情報が一瞬のうちに見聞き出来る社会に生きておりますが、心にゆとりを持って生きているでしょうか?何かに追いたてられて、せかせかとした人生を送ってはいないでしょうか。あまりにも私たちの周りには多くの出来事が起きていて、何から整理していったら良いかわからなくなっているのではないでしょうか?地震や台風、ハリケーンといった自然災害、いつ終わるとも知れないイラク戦争、国内外で起きている凶悪犯罪。物質に恵まれている社会かも知れませんが、心は貧しい世の中ではないでしょうか?神様はこのような世界を夢見て天地創造をされたわけではないはず、あまりにも人間が堕落しすぎてしまって、わがままになってしまったのではないでしょうか。蛇の誘惑に負けて人類初めての罪を犯したアダムとエバ、弟のアベルをねたみ殺人の罪を犯すアダムの子カインに対して主なる神様はエバに産みの苦しみを与え、アダムに土に帰るまで(生涯を終えるまで)悪戦苦闘し、額に汗してパンを得ることを指示されたのです。さらにカインには地上をさまよい、さすらう者となると言われます。この神様の御言葉にカインは「わたしの罪は重すぎて負いきれません」と神様にすがるのです。神様は哀れみをもってカインをエデンの東、ノド(さすらい)の地に住まわせたのです。主なる神様はこの悲しむべき人間を救うためにご自身の愛のみ手をさしのべられるのです。神の子イエス・キリストを私たちのところへ送ってくださったのです。取り返しのつかない罪を起こした人間、天地創造6日目に「命の息を吹き入れて下さった」人間の重ねる罪をあがなうために主イエス・キリストを送ってくださったのです。それも十字架の死と復活の愛によって救ってくださった。この愛こそが天地創造の意気込みなのです。だから私たちもこの神様の愛にこたえ、正しく神様に向かって生きることを心がけることが大切ではないでしょうか。それこそが恵みに感謝し、祈り、神様にこたえる信仰生活ではないかと思います。
 すべて造られ整えて下さる神様、その御業は今も私たち人間に差し伸べられ、支え導かれているのです。それが証拠に、こうして生かされ神様の前に立つことを許されているのではないでしょうか。私たちの背にいつもおり、肩をやさしく叩いて声をかけて下さる神様が「わたしを忘れずに、わたしの与える御言葉を食しなさい」と御言葉に生きることを進めております。神様の御業に感謝いたします。
アーメン。








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