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恐れるな

高野 時雄

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 「恐れる」と辞書を引くと「こわい」ことと書かれており、心配する畏敬すると続く。この畏敬とは「おそれ、うやまう」と言うことで、辞書によっては「神を恐れ敬う」とも書かれている。要するに私達の心の中に恐怖心が涌き不安になる事なのです。
 私達は、日常生活の中で不安に感じることはいろいろあると思います。昨年発生した豪雨水害、震災、津波被害と恐怖の連続とも言うべき自然災害が私達人類に不安を与えました。特に、過去の災害経験が生かされないまま多くの尊い命を奪ったインド諸島周囲の津波災害は世界の人々に恐怖と不安を与えたのです。
 聖書の中で、主は「恐れるな」と私達に声を掛けられております。それは自然災害の恐怖ではなく、この世の人間同士の悪の歪みに対して恐れてはならないと言われるのです。ルカによる福音書12章節4節〜7節で「…体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない」と言われております。真実なお方である主イエス様は、十字架に掛けられ三日目に復活され勝利されましたが、その十字架に掛けた人達は、主イエス様の身体を殺しても、その真理まで殺す事はできなかったのです。
 私達は、目に見えるものも見えないものも支配する全能なるお方、神を恐れるべきであると教えられています。[人々は「死」が一番恐ろしいと言いますが、永遠の苦痛の中に投げ込むことができる神を恐れるべきである。この恐れは尊敬、あるいは服従という意味の「畏れ」である]と聖書解説文書に記載されておりましたが、一羽の雀さえお忘れにならない神様は、主に従う人々をお忘れになることは有りません。
 フィリピの信徒への手紙3章12節に「私は既にそれを得たというわけではなく,既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえ様と努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。」と使徒パウロが告白しているように、私達は既に「キリスト・イエスに捕られて」主の導かれる路を歩む事を許されているのです。だから何事にもくよくよせずに「恐れる」事なくまっすぐに歩めば良いのです。
 また、マタイによる福音書14章22〜36節に「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(27節)と弟子たちを恐怖と不安から救われたイエス様の福音が記載されております。この福音書の前のお話の中で「5千人への給食」(マタイ書14章13〜21節)の奇跡のお話が有ります。イエス様は「5千人への給食」の奇跡を通して私達に「前に向かって立ち上がる」事を教えております。人里離れた所に集う大勢の病人や悩みを抱えている人々に、食べ物を与えられる。(主の給食を与えて頂いた人は男だけで5千人、女性や子供を入れたら一万人を越えていたと考えられる)この奇跡は、弟子たちだけでなく私達にも「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と語られるのが聞こえてくるのです。このみ言葉は、私達が信仰の道を歩むその中で、自分の能力ではどうすることも出来ない問題に出会った場合「あなたがやってごらん」と声を掛けて下さるイエス様がいる事を、私達に教え勇気を与えて下さっているのです。その事をおぼえ次の福音書を学ぶと、更に神様の救いの恵みが分かって来ます。
 船に乗った弟子たちは、夜、嵐に悩まされながら夜明けを迎えようとしていた。その時、湖の上を歩いている主イエス様を見ておびえ、恐怖のあまり「幽霊」だと叫んでおります。その叫び声に主は「安心しなさい。私だ。恐れることはない。」と声を掛けられ、湖を歩く事を望むペテロに「来なさい」とみもとに来ることを許され手を差し伸べられたのです。しかし、主を見つめずに、強い風(この世の誘惑)をみた時、主を疑い、怖くなり沈み掛けたのです。
 ペテロのように、主に聞き従う事が出来ずに、不安になり、主を疑ってしまうのが人間です。しかし、主は私達の疑いを受け入れてくださり、語りかけ、助けのみ手を差し伸べて下さるのです。私達は何か困ったときや辛いとき「主よ助けてください」と言う叫びの祈りを祈ります。それは、主イエス様がどのようなお方であるか知っているから、祈ることが出来るのです。困ったとき、単純に神様により頼む者となる事は「主に信頼」してついていく事なのです。普段は知らんぷりで困ったときだけ「神様、神様」と言っている人たちには、本当の十字架の主の愛は分からないでしょう。
 私達の教会も1月に会員総会を開催し、2005年の行事、予算、考え方等々を議論してきました。出来るところから進め、押し付けではなく、自ら立ち行動していく者としてこの1年を歩むことを確認しました。「責任」と言う言葉は非常に重い言葉ですが、この言葉を大切にし信仰生活を送っていけたらと考えております。主は、私達教会一人一人に「安心しなさい。私だ。恐れることはない。私についてきなさい」と力強く言われております。主に従う者として互いに歩みましょう。





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