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現代の歪社会
高野 時雄

今、長寿国日本に異変が起きている。先月の新聞に男女とも世界一を誇っていた「長寿国日本」の名声が崩れたと言うニュースが報道された。健康管理がきちんと維持できる医療機関の整備、食生活への環境の変化などにより、長生きをされる方が多い日本では男女とも世界一長生きされる国と言われて来た。しかし昨年度の統計をまとめた結果、男性だけが世界第2位に下がった。死亡率が上がったからである。異変を起こした死亡率を上昇させた大きな要因が「自殺」だ。昨年度の自殺者がなんと三万五千人と言う、驚くべき数値である。「交通地獄」といわれ現在の交通事故死亡者数が一万人前後、その3倍以上の尊い命が、自らの手で絶たれているのである。それも働き盛りの男性が多いと言う。仕事に疲れて考える力を失う者、金銭的に追い込まれて悩んだ末に先を急ぐ者、職場や家庭での人間関係に悩み孤独に陥る者、病に苦しみ精神的に弱り死を選択するものなど「自殺」要因はさまざまである。また、5〜6年前からクローズアップされている学校でのいじめ?と思われる自殺もある。先を急ぐ人達の心の中に何が起きたのか。誰ともお話をしていない、いや話をしたくても話す相手が見つからない、あまりにも悩みが大きくて勇気が湧いてこないなど、自分の苦しみを伝える事が出来ずに内にこもってしまうのである。特に第一線でまじめに活躍しているサラリーマンが突然リストラされたり、左遷させられたりすると、そのショックは大きく「なぜ自分が」という気持ちが悩みを大きくしてしまう。
数年前、私の会社の従業員が突然、死をえらんで他界した。前日までなんのそぶりも無く仕事をし、帰りには仕事の報告と明日の作業段取りをして帰宅した彼が、朝、家族が起こしに行ったときには農薬を服用して自ら命を絶っていたのです。家族はもちろん私達会社の者も驚き、「自殺」の原因に思い当たるものが見つからなかった。何が彼を死に追いやったのか未だに解らない。(家族は後に解ったのかもしれないが公表はしていない)いずれにせよ、身近な者が死を選んだ事に、何か責任を感じたのでした。それは彼が死を選ばなければならないほどの悩みを、聞いてあげる事が出来なかった事なのです。
日々の仕事の中で保つコミュニケイションを大切にと、色々な機会を通して接してきたつもりだが、結果的には何も解っていなかったのです。
この様に身近な者であっても心の中までは解らない、いや、解ろうとしないのかもしれないが。私達の周囲には元気そうに見えても病をかかえていたり、悩みを抱いている人が沢山いるという事なのである。そのような人に声をかけてあげられるのは、極わずかな方々に限られるのです。それもある程度カウンセリング的訓練をされた者でなければ、彼たちの気持ちを理解するのは難しいのかもしれない。しかし私達にも何かはできるものがあるはずです。教会で、学校や職場で、悩んでいる方がいるのです。死を選ぶ程の悩みではないかもしれないが、自分の悩みを誰かに聞いて欲しいと考えていると思う。子供の場合も同じである。特に「いじめ」にあった子供の悩みは、自分がこの世では必要ないのではなかろうかと勘違いを起こすからである。子供の場合は親や家族が聞き手に回ってあげることが大切である。大人の場合は、なかなか自分からお話はしてこないと思います。身近な人の場合は「普段とちょっと変わったな」とか、急にお話をしなくなって何か悩んでいるのかなとか、何らかの兆候が有るといわれています。その悩みのサインを投げかけてくるのは、身近な人へなげかけてくるのです。それを受け止めてあげられるのは私達ではないでしょうか。

ルカによる福音書10章30〜37節 「善きサマリヤ人」のお話は、キリスト者であれば誰でも知っているお話である。強盗に襲われたユダヤ人を助け、介抱してくれたのが、ユダヤ人が嫌っていたサマリヤ人、この関係は私達の社会ではありえない事だと思います。いじめられ嫌われている人を助ける。これが出来るのは十字架の主イエスの愛のほかにないのです。ご自分の命を犠牲にして、私達を愛してくださった事によって、私達ははじめて本当の愛を知る事が出来るのです。そう考えると、ここに登場するサマリヤ人こそ、主イエスキリストではないでしょうか。私達はキリスト者として、主の恵みを与えられ、愛され、救われております。悩み苦しみにあえいでいる人の声に耳を向けてあげられるのは、わたしたちではないでしょうか。「現代の歪み」と言われている不況の社会、まだまだ続くであろう悩み多い私生活、企業の倒産が即「人生の倒産」に成りかねない今の時代、誰かにお話しを聞いて欲しいと願って、悩みのサインをあなたの近くに投げかけているかもしれません。どう係わっていくかは一人一人の考えによって異なるでしょうが、サインを受け取ったら声をかけてみてはいかがでしょう。主の愛を身体で表現できたら、主の恵みを豊に受けられるでしょう。
アーメン