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恵み豊かな新潟地区一日神学校

高野 時雄

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十一月二十四日(祭日)、恒例となっております新潟地区一日神学校が今年も新発田ルーテルキリスト教会を会場に実施されました。前日までの天候はあまりはっきりしない天気が続いておりましたが、当日は晩秋の日差しが差し込む良い天気に恵まれ、すがすがしい良い学びの時を持つことができました。参加者も当初予定していた35名を、午前と午後の入れ替わりを含め、延べ40名を越える方々が参加され、熱心に講義を聴講されました。

今回の講師はルーテル学院大学神学校の江藤直純校長と同大学社会福祉学科の加藤純助教授の2名の先生であり、両先生方が午前と午後、それぞれに分かれて講義されましたので、参加された方は両方の講義をじっくり学ぶとこが出来、非常に良かったと思います。更に後援会より今年新しく後援会長に就任されました茂木八好代氏と副会長の東海林淑子氏のお二人が参加され、日頃あまり接していない大学の後援会の働きについて「後援会」アワーの時間の中でお話しされ「個々の教会の方々が大学のために祈り、学生を支え、献金をするという後援会の3つの働きが守られていること、そして、その働きが大勢の牧師先生が巣立ってゆく一助となっていること、教会員の熱い思いが大学の後援会の働きに大きな役割を示していること」など、私たちがあまり知らない後援会の内容を聞くことができ、参加された人たちも後援会活動を理解していただいたようです。私も微力ではありますが「後援会の世話人として係わってきて良かった」そんな思いがしました。これからも皆さんと一緒に大学及び後援会にいろいろな形で関わっていけたら良いなと感じました。

 江藤先生の講義は「世にあって証し人:信徒論」でした。江藤先生はローマ書10章8節から14節を引用され、「御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある。」「人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われる」と聖書の御言葉を解かれ、証しする信徒への心を教えられた。更にキリストを証しすることへの心理として「信仰は私事」という考え方、「突っ込まれたらよく分からない」という自信のなさ、「私はそれほど立派なクリスチャンではない」という一見謙虚な自己認識。これらの心理的抵抗が証しする者を弱体させるのであり、これらを一つずつひっくり返すことが鍵であると言われます。証しするのは言葉、生き方、祈りであり、信徒としてどう立って行くか、何を証しするか常に学んで行くことが大切であると言われ、それを得るのは礼拝出席の中にあり、聖書の学びの中にある。そして聖書によって生かされ、力づけられ、導かれる喜びをまずは教会の中から証しを始めることであると話され「どんな天才も練習(訓練)からである」と付け加えられておりました。


江藤先生の講義を聴講して、信仰は聴く、学ぶ、語る(話す)の3つの要素を持つ御言葉から成り立っていることを改めて感じさせられました。

午後の加藤先生の講義は「十代の子供の心の健康」と題して昨今の小中学生を取り巻く数々の問題を親として、家族として、社会人としてどう立ち向かって行かなければならないか、課題とそのサポートについてお話しされました。

十代といいますから年齢は1019歳までの子供たちのことを指して言われるわけですが、その10歳の差は大きい。小学4年生から大学2年生までの開きがある。その年齢差の中で起きるさまざまな出来事(社会的犯罪も含む)は、社会環境から生じる歪みから起きるのではなかろうか。加藤先生は子供たちの生きる環境にまず目を向けなければならないとおっしゃっていました。子供たちの「生き方」に目を向けるということは、子供たちの行動に関心を持てということなのです。特に中学生や高校生の子供たちは友人関係に問題があると言われます。すべてではありませんが、人間関係がギクシャクして突然の様に気持ちが変わるのも十代なのです。自分の周りを気にし始める。そして「自分をどのように見ているだろうか、どのように考えているだろうか」それが度を越すと「被害妄想形」の人間になってしまい、さらに学校生活(社会生活)から離脱してゆくのだそうです。その行きつくところが、「家庭内暴力」「校内暴力」「不登校」そして「いじめ」であり、さらにエスカレートしていくと「万引き」や「傷害」などの犯罪までに発展して行くと言われるのです。

その中の一つ「いじめ」について考えて見ると「いじめ」は最初からいじめられて行く人、少しづついじめられて行き、いじめられ易くなっていく人、元々暗い性格をしている人など、いじめられる人には色々な人がいるそうです。その反対に「いじめる」側は面白半分にからかう、いたずらをする、家庭や学校に不満(欲求不満も含む)があります。ボス的存在に憧れる(周囲に手下がいないと不安になるタイプ)などの行為が徐々に大きくなって、相手の子供を自殺にまで追い込んでしまうと言われます。

「いじめ」グループにひき込まれ、抜け出そうとして逆にいじめられ、集団暴行を受ける、それが嫌だから仲間に留まってまたいじめを繰返す。意志が弱いのです。人間の意志は、集団的行動の中では非常に弱くなると言われます。よく言われる「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の心理なのです。例えば交差点で30人が並ぶ、信号機は「赤」車は来ない。一人が飛び出る、2〜3人が続く、さらに5〜6人が歩き出す、事故が起きる。しかし一人が出た後次の人が「だめ」と言って渡らなければ大事故にはならない。「いじめ」も同じ、集団の中の一人が「いじめはダメ」と断り他の人にも「やめようぜ」と声を掛けいじめをやめさせるならば、悲惨な事件は起こらない。だが三十人のうち十五人以上が続けて行くと残ったものが不安になるから、続けて赤信号で渡ろうとする。だから大勢を巻き込まないうちに勇気をもって「いじめ」集団に立ち向かわなければならないのです。その勇気を育てていくのが、家庭であり学校、さらに一般社会の環境であると加藤先生はお話しされました。それには人間関係を大切にすることが如何に必要であるかということでしょう。

 私たちの周囲にはさまざまな悩みを持っている人たちがおります。特に十代の子供さんをかかえているご家族は大変かと思われます。しかし心配し悩んでいても解決はしていかないと思います。いつも子供たちと向き合ってどんなことでも話すことです。少なくとも一日に一回は話を聞いてあげたり、声をかけてあげる。必ずその中から子供たちの悩みのサインが出て来ると思います。それをキャッチしてあげることなのです。

今回一日神学校に参加して、講義を学び多くの恵みを与えられ、本当に良かったと思います。来年もぜひ行い参加していきたいと思います

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