小田さんの証し                            燈心TOPページへ


天国のとも子へ

小田 京子

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とも子が天国に召されてから10ヶ月、早いものですね。私は昨日のことのように毎日とも子と過ごした信楽園病院でのことを思い出し、悲しみと悔しさと後悔で眠れぬ夜もあります。とも子もどんなにか苦しく辛かった事でしょうね。
とも子は本当によく頑張ったね。偉かったよ。母ちゃんは貴女の事を見ていて可哀想で仕方がありませんでした。とも子はただだまって良くなって退院することを信じて耐えていたのにね。あんな形で亡くなってしまうなんて想像もしませんでした。
とも子は今天国で如何しているのかしら?天国に電話が有るといいのにね。とも子の遺影の前に貴女が使っていた携帯電話をおいてあるけど、朝8時になるとベルが今でも鳴ります。みずほ園にいた時にセットしておいたのですね。毎日携帯電話の中のとも子の写真を見て「おはよう」と声をかけています。母ちゃんの声、聞こえているかしら?「返事をしてちょうだい」と言っても貴女はじっと私を見つめているだけなの。寂しいなあ。
とも子がみずほ園で使っていた道具は、今はとも子のお部屋を作ってみずほ園と同じ様に並べて、ベッドもそのままにし、私がとも子に持って行ったあの毛糸で作ったお人形と、コロちゃんの縫いぐるみを一緒に寝かせてあります。そこへ行くとみずほ園に面会に行った時のような気持ちになります。そしてとも子がそこに居るよう思えます。貴女が使っていた湯のみや、飲みかけのコーヒーもそのままになっています。
あれから色々な事がありました。信楽園病院のA先生に会いに行き、とも子の死因について説明を求めました。でもそれは納得できるものではありませんでした。それは当事者のとも子が一番分かっていますね。あんな薬さえ飲まさなければ死なずにすんだのに。とも子はあの時「よけいな事をするからよ」と言って怒っていましたものね。そして翌朝、貴女は先生に「もう嫌」と言いましたね。私もあの時の薬の色まで鮮明に覚えています。あの薬を先生に飲んでごらんなさいと言ったら先生は飲めたでしょうか。もう何を言っても取り返しはつきませんが、悔しさはいつまでも残ります。
その後院長にも手紙で抗議をしました。私はとも子の事を思うと、じっとしてはいられませんでした。とも子は私の命そのものでした。54年の間片時も離れずに過ごしてきた親子でした。施設に入っても毎日電話で連絡し合い、そして月に一度は帰宅してとも子を抱きしめてあげたり、喧嘩したりで楽しい一時を過ごしたものでしたね。
このままでは、私がどうかなってしまうと思い、ある知人に相談しました。その方は「お母さんが如何したいのか考えて下さい。」と言われ弁護士に相談することにしました。病院から、とも子のカルテのコピーを貰い弁護士のところへ持って行ったのです。何をするにもお金が掛かりますが、私はそんなことどうでもいいと思いました。家を売ってでもお金を作り、裁判で病院側の非を認めて誤って欲しいと思いました。
一時はA先生やB先生にとも子と同じように血を吐く苦しみを与えてやりたいとまで思いましたが、それは出来る事ではありません。こんな自分を「私の中には今悪魔が住んでいる」と思いました。たとえ誰に何と言われても自分の心の叫びを押し殺す事はできません。とも子の悔しさを一番わかっているのは母ちゃんだけですものね。     
先日弁護士さんのところに行き、提訴するかどうかを相談しました。私はやはり提訴にふみきりました。こんなことを二度として欲しくない、人の命をもっと大事にして欲しいと思いました。母ちゃんを助けてくれる人もいます。神様が私をここまで支え導いてくださったと思っています。
裁判の結果がどうなるかは解りません。これこそ、神のみ心のままにだと思います。でも母ちゃんがここまで一人で頑張ってきたのは、とも子を愛する母ちゃんの思いなのです。とも子、最後まで私を守ってね。とも子はイエス様の傍にいるのだから、イエス様にちゃんとお願いして下さいね。私も毎日とも子の事と裁判の事をお祈りしています。
今年はとも子のお墓を作りたいと思っています。母ちゃんも一緒に入るお墓だから素敵なお墓にしましょうね。第二のお家です。とも子が気に入ってくれるといいけどね。聖句は何にしましょうか?考えてそっと教えてくださいね。母ちゃんは、まだまだたくさんすることが有るので、とも子の所に今は行かれませんが、もう暫く待っていて下さいね。
母より

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