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『神様やっぱりそばにいて下さったのですね
松田 洋子
今年に入り、五ヶ月間のご無沙汰でした。その間何をしていたの?って。神さまと語っていたのです。60年間の人生において、こんなに長く神さまと語ったのは、初めてでした。
一月三日から、主人の肺炎を機に、脳梗塞の再発の為、107日間の入院生活で、毎日、熱と痰との戦いの日が続き、お弁当持参の病院通いが続きました。口から食物を入れられなくなり、胃ろうの手術をどうするか?痰がいつまでも引かず、気管切開するか、しないか?退院後どうするか?など、そばにいる私が決めなければならない事が再三ふりかかってきます。考えること、話すことの出来ない相手を見ながら、医学的知識のない私は何をどう考えていいのか、とまどうばかり。毎日、疲れて病院から帰り、夜になると、神さまと語っていた自分を思い出します。そして、思いいたったのが、自分はどうしたいのか!ということでした。一日でもいい、自宅で主人と語りたい、聞いてなくても、わからなくても、一方的でもいい、人生の途中で、出会って、共に暮してきた主人と、生きて、生かされてきた喜びを共有したい、例え、翌日、目をとじたとしても、このことだけは、やり終えたい、そうだ、家に連れて帰ろう、出来ないけれど、やってみよう、それで無理だったら、次の段階に踏み切ればいい。こう思った途端、私の気持ちが急にパッと晴れて、心が喜び出したのです。そして涙があふれ出たのです。苦しい時に一粒も出なかった涙が、決めたとたん流れ出すとは・・・。このとき私は、神さまの働きのようなものを感じていました。医師が私の気持ちをわかって下さって、何が起きてもおかしくない条件が揃っているので、かなりの覚悟が必要であること、退院の日も、私の好きな日にしていいとまで、おっしゃって下さいました。一週間したら、また病院に戻ってくるであろうという前提の退院でしたが、でもあれから一ヶ月以上たち、自宅で体調も安定し寝ている主人を見るにつけ、夢のような、不思議な思いにかられます。出来ないけれどやってみる、現実を引き受けてもくもくとやっていく、士反先生のいつものメッセージを自分の身で体験し、現実では、とても考えられない選びの中で、今、あふれる喜びを感じている自分を思うとき、やっぱり神さまがいて下さったのだと。主人が生きながらえているから、そう思うのではなく、一方的ではあったけれど、自分の心の喜ぶところで決めた選びへの喜びの思いなのです。107日間の入院生活、そしていつまで続くかわからない自宅での介護の日々、でもこれは私にとって必要なのだ・・・と。
私は今、寝たきりの主人に、心から感謝の思いで、いっぱいです。神さまと出逢わせてくれてありがとう。語らせてくれてありがとう。あなたのお陰で、神さまの愛を知りました。大きな深い愛をありがとう。現実は大変な日々なのに、私の心は、喜びであふれています。神さま、あなたは、やっぱりやっぱり、そばにいて下さったのですね!
