| 松田さんの証し | |||
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| 松田 康子 | |||
毎年夏休みが終わると、さて、今年のバザーはどうしようとあれこれ思いめぐらします。料理も接客も苦手だし、アイデアも浮かばないし、ああ、どうしよう…と気持ちばかりが焦ります。そんな時、燈心に寄せられたバザー委員会からのメッセージは「自分が変わるバザー」でした。「自分の小ささを認めつつ、それでも、あきらめて留まるのではなく、小さいままでもそこから一歩踏み出して行く生の喜びに神様は招いておられる。その為には自分の中で何かが変わる必要があるかもしれない。」というメッセージでした。その言葉に励まされ、「よし、結果を案じてお茶を濁すより、自分で決めた約束を自分で果たすつもりで思ったことを実際にやって行けば良いよね」と吹っ切ることが出来ました。 ところが情けないもので、当日になると「本当に売れるのかな?」「ちゃんとやり切れるかな?」と、やはり不安と恐れで心はパニック気味でした。 そんな中で迎えたその日の礼拝の説教の箇所は、重い皮膚病を癒された十人の人の話でした。 この聖書の話を、今日私はどんな思いで聞くのだろう…。そう思いながら、日課の朗読を聴いていました。そして、たった一人の異邦人だけが神を賛美しながら戻って来たというところを聞きながら、「ああ、この人は神様を賛美する人になったんだ」とすごく嬉しく感じました。十人のうちたった一人だけかとがっかりする「一人」ではなく、「立ち上がって行きなさい」とイエスが言われる「一人」がそこに生まれたのだということが言いようもなく嬉しく大切に感じられました。そして、ふと、十人に声をかけたとしても十人とも振り向かないのがこの世の中の私たちの当たり前の現実かもしれないと思いました。けれどそれでもいいんだ。あとは神様の業に委ねてみよう。そして、私は他の九人でもあり、帰って来た一人でもある…。そんな風にも思ったのでした。 説教では、この帰って来た一人の異邦人を通して、神さまの恵みを運ぶ「器」について語られ、レフ・レハーという言葉で送り出されました。本当にそうだよね、と等身大に帰ってバザーに送り出された礼拝でした。 あわただしい一日でしたが、ホールや礼拝堂、建物の外で教会員の方の笑顔を見るたびにほっと安心させられ、やっぱり一人ひとりの存在って大きいんだなあと実感しました。 忙しかったけれど、なんだか嬉しいバザーでした。皆さんお疲れ様でした! |
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