丸山さんの証し                            燈心TOPページへ


良き種として
〜ルーサーセミナリー卒業式〜

                                                     丸山 裕子

 
気温37度湿度70%というトロピカルな気分にさせてくれる天候の中、2006年5月28日日曜日午後3時、ミネソタ州ミネアポリスにありますセントラルルーテル教会で、ルーサーセミナリーの卒業式が行われました。私も無事に修士号を授与していただきました。
冒頭にトロピカルな気分と申し上げましたように、石造りの礼拝堂でも汗がじっとり流れるような状態の中、卒業生はローブと呼ばれる黒いガウンを着ました。これは何とも形容するのが難しいのですが、袖は長く日本の振袖を中途半端に切ったような感じ。丈は足首のあたりまであり、全体的に見ると日本の裁判官さんが着ているような黒いガウンです。胸のところから足首のあたりまで長いファスナーがついていました。布はたぶんポリエステルのようなものでテラテラ光っています。卒業生は名前を呼ばれると聖壇のあるところまで階段をあがり、学長先生から卒業証書を受け取ると、その横でフードと呼ばれる長いスカーフのようなものをかけてもらいます。授与される修士号によってフードの色は異なります。神学科の生徒さんは目にも鮮やかな赤、私のように音楽科の生徒は薄いピンク(サクラ色)です。これがベルベットのような素材でできていて、暑さをよりいっそう感じました。
さて当日どんな気分だったかと申しますと、感慨深く涙がでました。という感じではなく、ただ暑くてたまらなかった。ということしか覚えていません。自分の事を思う余裕がなかったのか、壇上に上がる同級生を見ては、いろいろなクラスで共に苦労をしたことを思い少し感傷にふけり、教授が最前列に並んでおられるのを見て、お世話になった先生方のことを思い、自分の3年間の学びを振り返りました。
卒業して一週間がたち、手元にある卒業証書を見ても実感が沸きませんでした。また明日からてんこ盛りの宿題に追われるような感覚を残したまま、先週一週間は今までお世話になった方々をご招待して夕食会を何度か持ちました。私がアメリカにくるきっかけを作ってくださったブルース先生ご夫妻。はじめてアメリカに来てお弟子入りした私のオルガンのお父さん、リチャード先生ご夫妻。両ご夫妻から、「まさかYUKOがルーサーセミナリーに入学し卒業するとはあの時誰も思わなかった。いつも私たちの後ろをチョコチョコついてきていたあの時の小さなYUKOはもういない。」と言われて、私はやっとルーサーセミナリーを卒業したのだという実感が沸きました。そしてこうして卒業の日を迎えられたのは、皆さんに助けていただき励ましていただいて、実現したことだと思います。
私がルーサーセミナリーに入学したのは30代も後半にさしかかってのことです。一度、士反先生にメールで愚痴をこぼしたことがあります。「やはりこの歳で学問をスタートするのは難しいことばかりです。」と送ったメールに先生のお返事は「アブラハムをごらんなさい。75歳で神様の道を歩き始めたのです。」とありました。クラスや宿題で壁にぶち当たる時、いつも先生からいただいたその言葉を心の中で暗誦しました。
 燈心の原稿を送信する度に、五十嵐さんとのメールでのやり取りで日本語でいろいろ励ましていただきました。時には楽しいおしゃべりのようなメール、そして信仰の道を歩む上での様々な思い。燈心と五十嵐さんとのメールは私が新発田教会と繋がっていることの証でした。
オルガンから吹く風に乗って。私はアメリカまで飛んできてしまいました。そしてルーサーセミナリーで学びの時を与えられ良き種として神様に守られその恵みをいただきました。
この種が今度はどこへ飛んでいくのかまだわかりません。神様の御手の中に私の行き先があるのだとしか今は言えません。どこへ飛んでいってもたとえその地が固く乾いた土地であっても、私は深く根を下ろし、神様から用いられる者として働いて行きたいと思います。














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