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YUKOのオルガン修行録
〜桜咲く!〜
丸山 裕子
3月になって根雪が積もったミネソタです。こちらはまだまだ春が遠く感じる毎日です。
日本は入学式の準備が始まる頃だと思いますがアメリカは5月と6月が卒業シーズンです。この私も3年間のルーサーセミナリーでの学びを終えようとしています。学生課から卒業準備の連絡書が届くようになりました。毎日てんこ盛りの宿題と底なしに与えられるオルガンの練習曲に3年間埋まっていたようなものなので、卒業を迎えるという実感がまだわきません。
今だからお話できますが、3年前、セミナリーに入学して最初のクラス(神学のクラスでした)で、授業の内容のとてつもない広さと授業進行の速さで大きなショックを受け、学内の建物の非常階段で一人メソメソと泣いた事もお恥ずかしい思い出話です。日本へ帰国する航空券を購入寸前になるくらいまで私にはこれ以上学びを続けられないと悩み通した時期もありました。オルガンリサイタルの無事終了は私には大きな自信になりました。楽しい時も、つらい時も多くの良き師に囲まれ、友人諸先輩に助けられ、ここまで何とか来ることができました。
桜咲く!
桜の花はどちらかというと"入試合格"、または入学式は桜の木下で記念写真というイメージが大きいと思います。でも私は「桜咲く!」この言葉は卒業式に当てはまる言葉のように思います。冬のとても寒い時に桜の枝をごらんになった方は気が付かれると思いますが、枝に重い雪を乗せながらも、冬の吹雪にうたれながらも桜の枝には小さなつぼみがついています。私はその固く小さなつぼみを見るたびに、どんな状況のなかにあってもこつこつと春に向かって準備をしているのだなあ。と思いました。そしてその自然の息吹のなかに私はキリスト者の歩みとはそれに似ているような気がしています。キリスト者として辛い時も、楽しい時も、こつこつと神さまの道を自分の足で歩いているだろうか?と問いかけています。時として冬の寒い時、自分の人生で吹雪にうたれた時、私の歩みはどうだったのだろうか?と自問自答しています。
人の人生には様々なことがあります。ともすると、私の枝には桜の花が一つも咲かない。と言われる方もいるかもしれません。しかしどうでしょう?花をつける事が大切なのでしょうか?咲かせた花を美しいと賞賛してもらうことが大切なのでしょうか?
私はそれは少し違うような思いでいます。花を咲かせることよりも、重い雪に埋もれながらも、吹雪にうたれながらも決して倒れることなく深く根を張り、こつこつと歩み続けることに意義があるように思います。
私のルーサーセミナリーでの学びはキリスト者として、深く広く根をおろし、そして神様の道をこつこつと自分の足で歩くことを福音の中から、尊い先人の神学者が残した文献の中から、キリスト者の歴史の中から、教会に集うキリスト者の讃美の中から学ぶということでした。テストでよい成績をとることでもなく、課題を期日までに仕上げるということだけではありませんでした。時には神様の前で泣いて、時には怒って、時には喜んで、そして時には、イエス様におんぶしていただいて、吹雪の時も、ぬかるみの泥道も歩いてくることができました。私はまだまだ小さい木ですが、5月の卒業式に小さい桜の花を咲かせることができそうです。

ミネソタに桜咲く!
皆さん、3年間遠い日本からお祈り、励ましどうもありがとうございました。
「YUKOのオルガン修行録」は今回で終了します。
次号より新しいテーマで寄稿して頂けることになりました。
今後ともよろしくお願いします。