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YUKOのオルガン修行録
〜青年よ、大志を抱け〜

北海道と私―その1

丸山 裕子

 先日、クラスメイトと一緒に、ミネソタの郊外へドライブに行くチャンスがありました。見渡す限りのとうもろこし、じゃがいも、大豆、小麦畑。多分、新発田から新潟市位の距離間、すべて畑、畑、畑・・・・私はこの景色を見ながら、私の生まれ故郷である、北海道を思い出していました。

 「青年よ、大志を抱け」Clark, William Smith

クラーク博士のこの言葉は、北海道出身の方はもちろん、一度は耳にされた事があると思います。

 博士のこの言葉について、様々な解釈があるようです。博士が教鞭をとられた大学の歴史の中での解釈、当時の日本の背景を通じての解釈と、角度を変えて博士の言葉をもう一度自分で口にしてみますと、全く異なった響きがするように思います。後に、博士の影響を受けた、新渡戸稲造、内村鑑三の功績を見ると、キリスト教文学者の三浦綾子氏が言われるように、クラーク博士の言葉にはキリスト教の教えが少なからず背景にあったと私は思います。

「大志を抱け」私が今まで読んだ解釈には、「大きな夢を持ちなさい」「大きな希望、目標を持ちなさい」とあるものがほとんどでした。しかし、最近私は自分の中で、クラーク博士のこの言葉は、「今すぐ、あなたの立っているその場所から、歩いて行きなさい」と聞こえるようになりました。

「大きな夢」「大きな希望、目標」を持つ事。それは、誰でも持つ事ができます。でも、本当に大切なのは、そして、一番難しいのは、その「夢」「希望、目標」に向かって、一歩でも良いから、歩き出す事であると思います。

クラーク博士が残された「大志を抱け」とは、何か大きな事を成し遂げなさい。と言った意味ではないと思います。私達が、この世に命を受け、神の国に入るその時まで、キリスト者としてしっかり神様の道を歩きなさい。と言う事のように私は思えます。

左手を腰に当て、右手を真っ直ぐにその行き先をさす、クラーク博士の銅像を皆さんも一度は目にされたことがあると思います。「大志を抱け」とは、博士が示すその行き先を意味するのではなく、「さあ、そこから歩いて行きなさい。」と言う大きな励ましの言葉であると、私は解釈しています。

最後に、博士の言葉を全文記しておきます。この文にも様々な説があるようですが、文頭の「青年よ、大志を抱け」があまりにも有名で、その後の文を知らない方が多いと思います。私も、全文を知りませんでした。皆さんは、この文を読まれて、クラーク博士が示す、その行き先に何かを見出しますか?それとも、今、私たちが歩き出すその足先に何かを見出しますか?

「青年よ、大志を抱け。
 金や自らの功績の為ではなく、
 いわゆる名声と呼ばれるはかない物の為ではなく、
 人が備えなければならない物を身につける為に、大志を抱け。」
Clark. William Smith

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