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YUKOのオルガン修行録
〜Angry〜

丸山 裕子

 

[ Angry] 人、動物が怒り、それが表情、動作、言葉などにも表れる状態を言う。
(カレッジライトハウス英和辞典・研究社)

1215日 月曜日。期末試験、レポート、演奏発表の真っ只中に今います。伝書鳩のように、寮、図書館、学生食堂、教室を行ったり来りするだけの毎日が3週間ほど続いています。まるでパイプオルガンを担いで、富士山に登っているような気持ちがします。そんな毎日の、ある日のオルガンレッスンでの出来事です。

Yuko , Are you angry?” (Yuko, 怒っているの?)

私が、オルガンの先生の前で、メンデルスゾーンのソナタを弾いた後で、開口一番に先生がおっしゃった言葉です。
“そんなに、体をコチコチにして、あなたの指は、鍵盤をむち打っているように見えます。
そしてオルガンの音は、怒りに満ち溢れていますよ。どうしたのですか?“

私は、先生がおっしゃる言葉を聞いて、驚きで暫く言葉が出ませんでした。自分では、全くごく普通に、いつものようにオルガンを弾いたつもりでした。でも、先生の耳はごまかせませんでした。

毎日の忙しさ、まるで何かに追いかけられているようなスケジュール、そして物事が一向にはかどらない、もどかしさと苛立ち。いつのまにか、心に余裕が無くなり、イライラとした自分が、オルガンの音となって先生の耳に届いてしまったのだと思います。 年末の忙しいこの季節、余裕が無くなった心が、怒りや苛立ちを生み出す場面が、家庭、学校、会社の中で多くなると思います。又、季節を離れてみても、世の中の出来事、戦争、人と人、国と国の対立が怒りを生み出す事もあります。私たちの住む環境は、怒りに満ち溢れています。しかし、私たちは、今、降誕節をむかえています。教会の暦の中で、一番心休まる静かな時をむかえています。イエス様がお生まれになる。と言う喜びの時をむかえています。この喜びの時に、怒りに満ちた思いは必要がないように思います。

オルガンの先生に、“怒っているの?”と言われた後、誰もいない礼拝堂で暫く時を過ごしました。降誕節に合わせて置かれた、目にも鮮やかなポインセチアの鉢、クリスマスリース、クリスマスツリー、礼拝堂の中でイエス様がお生まれになる喜びを待ちうける準備がいたる所に溢れていました。私は、毎日礼拝堂でオルガンの練習をしていたにもかかわらず、この喜びの準備が全く目に入っていませんでした。イライラと腹を立て、自分に自分で怒っていた姿がありありと浮かび上がり、涙が流れました。

怒る事。は、悪い事ばかりでは無いと思います。怒りの中から、学ぶ事もたくさんあります。本当に物事や、人に対峙するからこそ、生まれる怒りもあります。
「お母さんに怒られる。」「先生に怒られる。」子供の頃、誰でも一度は口にした事がある言葉だと思います。お母さんが、先生が怒るその背景には、子供達に良くなってもらいたい。子供達に理解してもらいたい。という気持ちが根底にあると思います。このような怒りは、たくさんの事を学べる、必要な怒りです。
 しかし、日常の毎日に目を向けてみると、あまりにも不必要な怒りに満ち溢れているように思います。現代のこの社会では、怒り無しには、生きていけないかもしれません。
 しかし、キリストの道を歩む私たちは、たとえ、不必要な怒りに満ち溢れたこの現代に生きていても、その怒りに染まらずに歩む強さを持っているはずです。なぜならば、私たちはイエス様がお生まれになる。と言う喜びを知っているからです。
 時間に追われて、仕事に追われて、家事に、育児に追われて、社会のどうしても理解できない出来事に追われて、怒り、苛立ち、憤り、に満ち溢れた毎日の中、たとえ一分でも良いですから、神様の言葉に耳を傾けてみませんか?
 
「何をそんなに怒っているの? イエス様がお生まれなのに、、、」
きっと聞こえると思います。

イエス様の御降誕を心からお祝い致します。

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