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求めなさい 八重尾 次雄
| 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。 このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。 これこそ律法と預言者である。」マタイ 7章7〜12節 |
先日の聖研での話です。今、聖研では、詩篇のところを勉強しているのですが、詩篇の一篇ずつを毎回、解き明かしをして戴いている訳です。まず誰かが読みます。読み終わると、先生は、ほぼ即座に、今日のところは、○○ということがテーマですと言われます。そして解き明かしが行われます。私は、即座にテーマを発見される感性は、どのような仕組みで出てくるのだろうと、かねてから不思議に思っておりました。質問の時間が与えられましたので、即座に、テーマを発見なさるのは、どのようにして生み出されるのですかと質問しました。
いわれることが私には難しくて十分に響かなかったのですが、大体こういうことかなと、自分なりに思いました。先ず、全体を生きものとして捉える。そこへ、文章の言葉が入ってゆき、まとめられるということではなかったかと思います。私は、聖霊の働きですかと言ったら、そうだという頷きがありました。
聖霊というのを、私なりに調べてみますと、聖霊は、私たちの心の中に与えられるというのです。
ただ、単に私たちの日常生活の中に与えられて、共にあるというだけではなく、私たちの心の中にまで働いて、考えたり、思ったり、意思決定したり、そのようにすることを方向づけ、導き、励まし、ほんとうのことが分かるようにし、ほんとうのものに従うようにするといわれます。このように、私たちをほんとうの人間にするように働きます。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」
私にとって、最も切実なものは、この聖霊を求めなさいということであります。神の前に立つ「祈り」の中で、聖霊をくださいますように、はげしく祈ることではないかと思っております。人を人とも思わない裁判官のところに、やもめが、何回となくやってきては、相手を裁いてくれと、うるさく言って、遂に裁判官を動かした例え話(ルカ18章)がありますように、です。いわんや、神がこの祈りを無視されることがありましょうか。求めなさいと、主イエスは命令されます。命令の裏には、きちんと与えられるという約束があります。感謝です。
「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」
主イエスは、私はそのようにしたんだよ。その象徴が十字架だよね。と言われているようです。
私たち、一人一人に大きなというか、とほうもない負債があるんだよね。だから、隣人として生きなくちゃね。この隣人というのは、自分のためになったり、自分に利益を与える隣人ではなく、お返しの出来ない隣人であることを、主イエスは喜ばれるんだよね。
これが、聖書を貫いている柱だよ。聖書全体が語り継げることだよ。と語りかけられます。