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ルカによる福音書を読む
             大沼 正吾


 

神の言葉が荒野でザカリヤのヨハネに降った
(ルカによる福音書3章2節)

今回は洗礼者ヨハネについて記した箇所について考えてみました。

洗礼者ヨハネについては、4福音書のいずれにも記されていますが、彼の「登場した時代」についての記述については、各福音書で大きく違っています。
 まず、マタイ福音書を見ると「そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒野で宣べ伝え」(マタイ3・1)とあります。マルコでは「そのとおり、洗礼者ヨハネが荒野に現れて」(マルコ1・4)とあり、ヨハネ福音書では単に「ヨハネの証しはこうである」(ヨハネ1・9)となっています。

マタイは「そのころ」と記していますが、「そのころ」というのは、2章に「ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、・・・イスラエルの地に行きなさい・・・アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた・・・ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ」云々というできごとが記されていますが、そのできごとがあった頃を指しているようです。マタイにとって「そのころ」というのは、ヨハネが現れた「時代」を特定するために記したのではなく、単に前の記述の流れをくんで、続けて記述する際に軽い気持ちで書いたにすぎない印象を受けます。ですから、明確に言えばマタイは、ヨハネが登場した時代については関心を示していないようです。

マルコでは「そのとおり」と記し、その前に「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。・・・『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』」と記しています。「いつ」ヨハネが現れるという時代状況を記すことよりも「預言どおりに現れた」という点に重きを置いて記しています。

次にヨハネ福音書では、前述のとおり、ヨハネが現れた時代に関する記述は全く見当たりません。

上記3福音書に比して、ルカ福音書はやはり特異的で、「皇帝ティベリウスの治世の第15年、ポンテオピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカイアファとが大祭司であったとき」と、神の言葉が荒野でザカリヤの子ヨハネに降った「時代」を特定するための根拠を、当時の政治的統治者や宗教的指導者の名前を、しつこいほど何人もあげています。この辺りにも、何度も書きましたが、医者でもあり、また歴史家でもあったルカの特徴が現れているように思われます。

さて、ヨハネの生誕についてですが、これについては、ルカ1章に詳しく記されています。父は祭司ザカリヤで、母は同じ祭司職を世襲とするアロン家の出身のエリザベトでした。この夫婦は高齢で、子供が授かることは叶わないことと諦めていたのでしたが、ある日、ザカリヤが聖所に入り香をたいていた時、主の天使が現れ、妻エリザベトが男の子を産むこと、名をヨハネと名付けるようにとのみ告げがあったということが記されています。

祭司の職は世襲制であったわけですから、ヨハネも父の跡を継いでいたら、祭司となる道が保証され、宗教的権威者として、歩むことが可能でした。しかし、何故かはわからないのですが(聖書にはその理由が記されてはいないと思うのですが・・・・?)、ヨハネは世襲化した、祭司としての「安定した」道は選ばなかったのです。

いつの頃からかは不明ですが、きらびやかな祭司の衣服や豊かだったであろう生活を捨て、「らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物として」(マタイ3・4)、「荒野」で暮らすようになったのです。それは聖書的にみれば、「主の道を整え、その道をまっすぐにせよ」との、み言葉が成就するために、イエス登場の前に、神さまから遣わされた「使者」(マルコ1・2)としての役割を担わされていたからであります。

ヨハネは、当時の宗教的最高権威者であるファリサイ派やサドカイ派の人々に対して、「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか、悔い改めにふさわしい実を結べ」(マタイ3・8)と、歯に衣を着せぬ、非常に厳しい言葉を浴びせました。また領主ヘロデが、兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚したいとの思いに対して、「あの女と結婚することは律法で許されていない」(マタイ14・4)と、キッパリと言い切ったことにより、ヘロデアの娘の希望という形ではありましたが、結果的には首をはねられることになってしまったのです。

イエス登場の前駆者として、まさに「まっすぐな道」「まっすぐな人生」を歩みました。しかし、まっすぐな人生の結末は死でした。イエスもまた同じでした。「本当のこと」「真実」を言って譲らなかったからこそ、当時の宗教的権威者から妬まれ、怨まれ、殺意を持たれ、結局は処刑されたのです。

時の権力者に対して、本当のこと、真実の思いをぶつけると殺されてしまうんです。それは現代でも基本的には同じです。また国家権力という大きな枠の中でなくても、会社とか学校とか地域などの集団の中でも同じ構造があると思います。ある集団や組織の中で支配的な価値観に異を唱えたりすると、その者はその集団からスポイルされてしまうのです。たとえそれが正しい意見、考えだとしても、「一般」の人達は、その集団や組織の中で「中心的な存在になっている者達」の顔色をうかがいながら、容易に正しい意見や考えを主張する人に同調しようとしません。同調するどころか、中心的な存在者達が、正しい意見や考えを主張する者に対して、高圧的に臨んだり迫害的な行動に出たりしても、往々にして、見て見ぬふりをしようとします。

なぜなら、皆わが身が可愛いからです。自己中心的だからです。他人のことで自分が痛手を負うのは嫌だからです。多少のことでは隣人のことで自らが傷ついたり、損を背負うことはできましょう。しかし、正しい主張者に同調した為に、会社を追われたり、家族が村八分に遭ったり、究極的には命を狙われたりする羽目になるとしたらどうでしょう。それでも正しい主張を貫き通したり、正しい主張者に同調し続けられるでしょうか。

私にはそのような自信は全くありません。ヨハネのような、まっすぐな生き方には感動を覚えますが、自らの生き方としては、とても真似はできません。ですから、いざとなると、わが身可愛さに、イエスを裏切って逃げた弟子達の気持ちが、「呪いの言葉さえ口にしながら・・・そんな人は知らない」(マタイ14・71)とまで言い切ってイエスを裏切ったペテロの気持ちが、とても良くわかるのです。

そういう自分でありますから、せめて大言壮語したり、「イエスのあとに従う」などという言い方はしないようにしたいと思っています。どこまでも、自分はイエスを裏切り、いざとなったら人をも裏切る存在であることを自覚していきたいと思っています。

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